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2013年12月:平和の絵本の本屋さん

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ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!


タイトル:ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!
著者:小名木 善行


ネットの世界では大変に有名な「ねずきちさん」の処女作となる歴史本。
ねずきちさんのBlogねずさんのひとりごとは、1日に3万人も訪れるという。
僕も何年も前から存じ上げており、時々、訪問しては勉強させていただいている。Blogの話題は実に多岐にわたり記事の量は大変なものだ。よくぞここまで様々なことをお調べだなといつも感心している。

そのねずきちさんの処女作ということで興味津々、さっそくアマゾンで購入し読んでみたもの。

結論から言えば、大変に面白かった。Blogを時々拝見しているといえ、やはり一冊の本ともなれば、また別の迫力がある。失礼ながら、文章は軽快であり、とてもこなれており、筆はおさえられており、説得力もあり、処女作とは思えない。さすがはBlogで文章を鍛えられているだけのことはある。

歴史本といえば、多くは無味乾燥な事実の羅列に終わるものだが、この本では、そのようなことは全くない。事実の裏側にある当時の人々の想いに迫り、見事に息を吹き込んでいる。ねずさんの筆で、歴史の中から、血が通った、みずみずしい人間の営みが現れてくる。

心の中のことというのは、目には見えない。したがって、真実に迫るには「想像」するしかない。むろん、それは証明できることではそもそもなく、ねずきちさんが語っている心の中の出来事が真実かどうか、どこまで実態に迫っているかは、読者が自分で判断するしかない。むろんそこには色々な判断/異なる意見もあるだろうが、僕にはとても面白かった。

さて本の中には、平和の絵本/和を地球への主催者としても、いくつか大いに共感する部分がある。その一部をちょっと引用してみよう。

-----P.6より引用-----

 歴史を語るとき、常に歴史を批評・批判する人がいますが、私はそれを間違いだと思っています。あたりまえですが、私たちは過去の歴史の当事者ではありません。その時代に生きていたわけでも、その場にいたわけでもありません。それなのに、すべて見知っているかのように歴史を批評したり批判したりするなど、おこがましいことだと思うのです。
 歴史は批評・批判するものではなく、「学ぶもの」だと思います。
-----引用終わり-----


ここでねずきちさんが、書いていることは、僕がずっと主張し続けている善悪中毒の発想に大いにつながるのだ。

自国の歴史は(もっと言えば、すべての国の歴史は。お隣の中国や韓国や北朝鮮や、さらにはロシアもアメリカも、すべての国を含めた「人間の歴史」は)批評・批判するものではなく、つまりは善悪で裁くものではなく、「学ぶもの」に他ならない。さらにいえば、もし悲劇の原因を学んだなら、あとはその原因となる事象(たとえば、思い込み・錯覚・誤解・貧困・システムの欠陥・教育 ビリーフシステム 等々)を粛々と解決していく、ということだ。

裁かずに学べば(それは時に大変に難しいことだが。大好きな相手から学ぶことは簡単だが、恨みのある相手/敵の歴史からも、裁かずに学ぶという姿勢を保ち続けることは、時には身もだえするほどに苦しいことなのだ。これはいわば善悪中毒の禁断症状ということも出来るだろう)、歴史は実に多くのことを教えてくれるものなのだ。

ねずきちさんの筆は、インパール作戦、特攻隊にまで及ぶ。この辺りは、涙なくして読めない方も、大勢いらっしゃるのではないだろうか。 日本人に生まれたことの意味を深く考えさせられることだろう。

ねずきちさんは、何のためらいもなく、日本人の誇りをうたい、日本人/日本の歴史をほめる。堂々と一点の曇りもなく、日本人を称賛し褒めちぎる。

さて「お国自慢」という言葉がある通り、自国を愛し、褒めて、誇りに思うということは、全世界で普通に行われていることだ。

しかしながら、現代日本は決して普通の国ではない。むしろ、特殊な変則的な国だ。
簡単に説明すれば、現代日本は技術大国であり、世界で2位だか3位だからの経済大国だ。技術もあり金もあるのだから、世界でトップクラスの軍備を持つことも簡単だ。
しかしながら現代日本は、国家の根幹である安全保障の大きな部分を米国に委ねている(あるいは、奪われている。お立場でどちらの言葉を使っていただいても結構だ)。日本中に米国の基地が散在し、日本は米国に守られている(あるいは、占領されている。お立場でどちらの言葉を使っていただいても結構だ)。

つまりは、現代日本はとても変則的な国なのだ。この変則的な現代日本を土台で支える思想が、過去の日本の「否定」(あるいは、「反省」。お立場でどちらの言葉を使っていただいても結構だ)だという、一面が存在する(すべての面ではない。ある一面の話をしている)。過去の日本の否定とは、つまり、このような言葉で表現されるかもしれない。

●太平洋戦争で日本はアジア諸国を侵略し、数えきれない人々が犠牲となった。
●日本軍は残酷で、大勢の人々を拷問し、残酷に殺した。
●日本人は全体主義で、狂暴だ。本当の自由も民主主義も、高級すぎて、まだまだ日本に根付いていはいない。
●日本人は放っておくと何をしでかすかわからない。狂暴な民族である。
●日本人はほとんど狂人なので、軍備を持たせてはならない。日本に軍隊を持たせては世界平和が損なわれる。
●しかし、周辺諸国も決して良い人たちばかりではないので、日本に軍備は持たせられないが、無防備で放置することもできない。
●だから、自由と正義の味方の、平和を愛する、日本よりもはるかに先進国である、米国に守って頂かなければいけない。そのために、米国の基地を日本全国に展開してもらい、お守りいただく必要がある。

こうした思想/哲学を土台として、その上に、現代日本は成立している、という一面があるのではないだろうか(すべての面を言っているのではない。あくまでも一面についての話だ)。

ところがこうした「大人の事情」をすべて無視して、ねずきちさんは、日本人を否定しない。否定しないどころか、褒めちぎる。なんせ、戦中の日本軍にあって、現代日本にないものを「思いやり」とまで表現しているのだ。

これはまるで、巨大なハンマーで、現代日本の基礎部分/土台をドガーンとぶったたいたようなものではないか!

土台が崩れれば、建物は崩壊するかもしれない。
建物が崩壊すれば、当然、生活に困る人々も出てくるだろう。建物が無ければ、命の危険すら生まれるのだ。
であるならば、本の内容の真偽は別として!日本を褒めちぎる本書を読んで、不安を感じる人もいるだろう。強烈な反発を感じる方もいるだろう。それはごくごく当たり前の心理だ。

そういう方々が、この本を読むことはおそらくない。
しかしながら、個人的にはそういう方々にこそ、この本は読んでいただきたいと思う。

そういう方々にも読んでいただきたいので、反発を押さえて読むためのコツについても(ねずきちさんの本からは、少し外れるが)、書いておこう。

もし、日本人が残酷で全体主義で戦争大好きでどうしようもない悪人だと思われているなら、その視点をどうか大事にしていただきたい。その視点を放棄する必要などない。

実際、日本人といっても1億人もいる。中には、心の病を持っている方もいる。ストーカーもいる。泥棒もいる。快楽殺人者もいる。それは事実だ。であるならば、戦争で、これ幸いと女性を強姦する人もいれば、残虐行為を働く人もいただろう。
そうした事実から目をふさげば、悲劇の原因を考察することもできず、次の悲劇を防止する道もふさがれる。だから、こうした視点を放棄することはない。
ただ別の視点をプラスして、このねずきちさんの本を読むということだ。

我々、人間は三次元世界で生きている。三次元のものを、一つの立場、視点だけから見れば、それは「一面的」な認識になる。立体を一面的に認識するとは、ほとんど錯覚なのだ。それでは人間の営みを理解できない。これについては拙著絵本「三次元だよ」をご参照願いたい。

ある視点/立場から見れば、とてつもなく残虐でありながら、他の視点から見れば、人類を救う。どっち?ではなく、どっちも、なのだ。そんな立体的な見方を持つ。自分にとって可能な限り、異なった視点を持つように努めるのだ。そして初めて人の営みが見えてくる。

人間の営みに迫るため、ねずきちさんのこの本は、確かに新しい視点を提供してくれている。




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  1. 2013/12/05(木) 12:01:56|
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